第6回 文字は「気配り」と「敬意」。

第6回は「文字」の章を紹介したいと思います。

文字は、別にデザインの話でなくとも、情報伝達に無くてはならないもので、人間の文明や生活の基盤の一つです。今では文字という存在自体が、道具という扱いを超えた文化にもなっていますよね。文字文化や文字表現を愛している人がたくさんいます。僕の周りにもデザイン職ではないのに、文字愛に溢れるタイポグラフィーガール・ボーイが、文字を見たり書いたりハァハァしたりしています(良い意味で!)。

タイポグラフィーって言葉、クリエイティブ周辺の人々はよくご存知ですが、一般にも広く知られるようになってきていますね。もともとは活版の用語で、適切に文字を配置する技術のことを指していました。時代は流れ、文化は拡大し、実験的、前衛的な試みも繰り返され、いまや芸術領域でも当然のように、タイポグラフィーが対象として挙げられたりします。

授業で学生に「タイポグラフィーって何だと思う?」と尋ねると、「文字を使ってかっこいい作品や新しい作品を作ること」とか答えが返ってくることがあります。まあ、純粋にそういう気持ちは大事なんです。…ですが!

「タイポ(文字)+グラフィック(視覚表現)の造語じゃないの?」みたいなあらぬ誤解をされちゃうんでしょうかね、タイポグラフィーって言葉の響き自体もかっこいいですし。一部では文字遊びみたいなことをする内容に対して「タイポグラフィー」とか題される場面があったり。個人的な感想を述べると、ああいうのばかりが「タイポグラフィー」と思われる状況はちょっと辛いです。(実験的なスタンスは大事ですし、その活動を否定している、という意味ではありません。)

やっぱり、「文字」ってコミュニケーションを円滑にするためのインフラであって、今、自分の思いもこうやって、忙しい中あなたが時間を割いて文字として読んでくださっているわけですから、一番大事なのは、「きちんと相手に伝えたいという気配り。」なんだと思います。

もう一つ、文字の世界は職人の世界でもあります。タイポグラフィーというのは、つまりは「どんな形の文字を」「どのように並べるか」ってことに集約されるんですよね。前者の代表的な職能は書体デザイナー、カリグラファー(書家)でしょうか。後者だと組版職人、上位概念かわかりませんが、タイポグラファーという統括的な言葉もあります。こういう方々がこの文化を支えてきたことは事実で、我々デザイナーがそれらの職能に対して敬意を持つことが、より良いものづくりに近づくのかなと思います。

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文字の世界は本当に奥が深いです。そして、その行き先も様々。この本で達成したかったことはまず、心得というか、文字表現の考え方の一番基礎的なところ、そして文字をどのような手順で組んでいけば良いかという、実践についてもいたって基本的な部分。

目も当てられないような文字組というのは、センスが無いからそうなってしまった、ということはあまり考えられないと思っています。文字は生活の至る場面にあるもので、日本語圏の人にとって日本語書体は常に目に触れているもの、つまり、無意識にその特性について多少の理解はあるはず、という性善説を持っています。そこに欠如があるとすれば文字を扱う「才」ではなく「意識」なのかなと。

授業で学生に文字詰めの悪いところをだいたい指差して「どう悪いと思う?」と聞くと、本人は、大抵どこが悪いのか言えます、そしてそれは的確なことが多いです。ということは、センスや技術が無いのではなくて、「気にしてなかっただけ」なのです。だから、一般の生理に基づいて気持ちよい/悪い、読みやすい/にくいを判断すれば大抵は解決する方向に持っていけると思います。

その意識を持つための一番のポイントが「先達が作って来た文字の基礎技術」を知るということで、この本ではなるべくそこを分かりやすく伝えるように心がけています。それらの基礎技術をぐるっとおさらいした上で、Illustrator、InDesignではどのようにそれらが移植されているのかを説明しています。

でも、文字はやっぱり奥深い。はっきり言って、本書のページ量ではとても追いきれません!ごめんなさい。この本はなるべく興味と引っかかりを作ってもらえるような話をしています。後は様々な良書やサイトなどで、いくらでも掘り進めることができるので、文字の宇宙に飛び込むきっかけの一つにしてもらえたら嬉しいなと思います。