第33回 デザインを学ぶということ。

美術大学の教員をしているので、入学相談会などで高校生やその保護者の方などと話す機会が多く、よく聞かれる質問に「学校を出るとみなさん、デザイナーになるのですか?」というものがあります。「もちろん、デザイナーになる学生が多いですが、それ以外の職種に就く学生も多いですよ。」と答えると、少し意外な顔をされることも多いです。
「高い学費を払うのだから、ものになってもらわないと困る!」と厳く言われることもあります。私学美大の授業料って本当に高いですよね。大変な金額を負担されてお子さんの夢を叶えようとされること、とてもハードルの高いことだと思いますし、実行されている保護者の方には心から頭が下がりますしお気持ちもご指摘も仰るとおりです。
「ものになる」というのは曖昧な言葉ですが、保護者の思いを汲み取るとすれば「独り立ち」つまり(その技術を活かして)親元を離れても経済的に、あるいは精神的に安定した暮らしを営めるようになる、というところにあると思います。

例えばグラフィックデザイン専攻を卒業してもグラフィックデザイナーにはならず、別の職業につく人も多いです。イラストレーターや写真家、編集者などクリエイティブ職と呼ばれる範囲はもちろんのこと、一般的にクリエイティブ職とは呼ばれない業界にも多くの学生が入っていきます。
もし、美大のデザイン専攻が職業デザイナーを育てるための、職業訓練所だとしたら、クリエイティブ職に就けないことは業務的に失敗と見なされるかもしれません。しかし、美大でデザインを学ぶということは、本質的なものは、実はそこにはないのではないかと僕は考えています。

僕は美術大学ではなく、一般大学の心理学を専攻して、グラフィックデザイナーになりました。勿論、一度も周囲から「心理学者やカウンセラーになりなさい!」と言われたことはありません。同様に、経済学部や文学部に行っている人に対して、経済や文学の専門家になれないと「学校へ行ったことは無駄だった」と判断することはあまりないでしょう。
自分自身、心理学を勉強して本当に良かったと思っていますし、今の仕事をする上で役に立っていることが多いです。多くの複雑なことがらを客観的な視点で分析できることを知れたし、与えられた情報の裏にはたいてい作為が含まれていることや、他者の行動を動機づけするにはどう振る舞えばよいか、など、生きていく上での大事なヒントをもらえたと思っています。
同じようにデザインを学ぶことには、職業訓練の域を超えて、生きるヒント=「自分が社会に対して価値を与えるためのヒント」がたくさん含まれている、はずなのです。

グラフィックデザインは「関係性を定義する」仕事です。要素を版面にどう配置するか?というレイアウトの技術は、多面的な情報を目的に合わせて選別し、優先順位を決め、再び構成していくという能力を含んでいます。例えばこれは、多くのタスクや人をマネジメントするような管理職でも必要とされる技能です。
またデザインには目の前の対象から重要な要素を抽出する作業、つまり「抽象化」のプロセスがとても大事です。多数の価値や情報が飛び交う今の社会において、抽象化は「何を捨てるか」という、不可欠のプロセスなのです。

(余談ですが、数学の微分積分なんて日常生活で使わないのに勉強する意味がない、という向きがありますが、これは数学という存在を対象にして、うまく抽象化ができていないことのしるしでもあります。)

デザインの仕事に就いたとしても、デザインという「コンテンツ(中身)」を作ること以上に、どのような枠組みや段取りでそれを行うか、関わる人と、どのような関係を作っていくかという「コンテクスト(文脈)」を作るほうが、これからはどんどん大切になっていきます。
一般にはクリエイティブ職とは呼ばれないような、例えば、営業職、管理職、人事職などのような仕事にも、かならず「創造性」の要素が含まれます。デザインとは別の言葉で言うと、複雑な関係性の中で、適切な答えを模索して、明日の状態をよりよくしていくための価値を見つける行為だからです。

デザインの職業に就く学生、就かない学生、それが自分で選び取ったものであっても、当初は不本意なものであったとしても、忘れないでほしいことがあります。
あなたが学んできた(学ぼうとしている、学んでいる)デザインという学問は、けしてつぶしの効かない学問でもありません。クリエイターと呼ばれる人になれないと無駄になる学問ではありません。クリエイターと呼ばれる職業以外に、それ以上の膨大な創造性の需要があります。
デザインは社会を観察して、より大きな価値に繋げていく、汎用性の高い価値がある学問です。あなたはそれを専門的に身につけてきたのです。そのことに誇りを持って自信を持って「自分の学んできたことを使って、どうすれば自分が社会に付加価値を与えられるか」を、一度ゆっくり真剣に考えてみてください。
そして、保護者の方にお願いしたいのは、今は遠くに見えるかもしれない場所で、学んできたことがいつか萌芽するということを信じて、暖かい目であせらずに見守っていただきたい、ということです。

デザインが、選ばれた人たちだけが身につけるべき、特殊で偏った能力と認識されない日が早く来れば良いなと思っています。